戸張靖子さん

社会的な情報が動物の脳や行動に与える影響を研究する戸張靖子さん(2014/01/07)

経歴

学習院女子高等科 卒業
横浜市立大学理学部 卒業
千葉大学大学院文学研究科人文科学専攻 修了
千葉大学大学院自然科学研究科多様性科学専攻 修了
ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本奨励賞 受賞
現所属 早稲田大学 教育・総合科学学術院 統合脳科学研究室

メインインタビュー

―大学院は外部に進学されたのですか。
―はい、理学研究科や自然科学研究科ではなく、文学研究科に行きました。

―文学研究科ですか、意外です。 ―大学院の指導教官だった岡ノ谷一夫先生が米国メリーランド大学大学院心理研究科を修了し、Ph.D(生物心理学)を取得されて、当時千葉大学文学部で准教授をされていました。私は動物行動学に興味があって、興味深い研究をしている岡ノ谷先生の研究室が文学研究科に属していましたので、受験しました。文学研究科を修了したので修士号は修士(文学)です。博士課程は、研究室が自然科学研究科に所属になったので、博士号は博士(理学)を取得しています。

―響きは理系ではなくても、やっていることは理系だったということですか。
―実際の内容は「小鳥の歌の神経科学」ということで、小鳥が歌うことについて、発達、メカニズム、機能、進化といった様々な面から研究している研究室でした。
岡ノ谷先生は、小鳥の歌の研究を総合的にしていたのですが、修士課程から博士課程の間に私が頂いたテーマは、ジュウシマツという小鳥の歌行動の雌雄の違いを神経回路レベルで解明しようというものでした。ジュウシマツの雄は歌を歌うのに雌は歌いません。その歌行動の雌雄差を神経回路の雌雄差として説明するために、ひたすら神経解剖学をやっていました。

―現在ペプチドホルモンの研究されているのですか。
―現在所属する研究室を主宰する筒井和義教授が発見されたペプチドホルモンについて研究しています。そのペプチドホルモンは、生殖腺刺激ホルモン放出抑制ホルモン(Gonadotropin-inhibitory hormone ; GnlH)といいます。このGnlHを様々な視点から研究するプロジェクトの中の一つで、社会的相互作用、特に雄と雌の社会的なやり取りが脳内のGnlHをどのように変化させるかを調べる研究に従事しています。この研究プロジェクトにかかわることができたのは、私の研究の背景に動物行動学があったからだと思います。

―どうして脳科学に進んだのですか。
―小さいころから猫や鳥など声をたくさん出す動物を飼っていて、彼らはなぜ鳴いているのだろう、何を伝えたいのだろうと考えていました。それで動物の音声や聴覚の研究をやりたいと漠然と考えていました。大学3年生の時に動物の行動や習性の発現メカニズムを神経生理学的に研究する学問であるニューロエソロジー(神経行動学)という授業を受けて、脳と行動の関係を明らかにする研究をしたいと思いました。

―さかのぼりますが、小学生の時はどんなことが好きでしたか。
―動物が好きでしたね。猫とか、鳥とか金魚とかを飼っていました。

―ほかにも飼っている動物はいましたか。
―亀とか、親戚の家が近かったのですが、そこでは大型犬を飼っていました。

―親戚の人を含めて動物好きの人たちが多かったのですね。
―そうですね。

―大学ではサークルやアルバイトをしていましたか。
―大学ではサークルや部活には入っていないすごく地味な学生でした。バイトはしていました。大学時代の友人は同じ学部、学科の友人が多いですが、他学部の友人とも未だに交流を続けているほど仲良くなれました。こじんまりとした大学で、高校みたいな印象の大学だったからでしょうか。理学部の中にA組B組C組があって、1クラスが30人くらいで、1限から5限目まで授業があって中間テストもあるというような。レポート提出も多くて、私はちゃんと勉強しないと追いつけなくて大変な時代でした。その分、先生方も名前を覚えてくれていて、授業や教科書で分からないことで研究室に突然質問に行ってもちゃんと対応してくれるような面倒見の良い大学でした。

―教授との距離が近かったのですね。
―そうですね。廊下を歩いていると先生から学生に話しかけてくれるような距離感でした。自分は所属していない研究室のBBQパーティーに呼んでもらったこともあります。授業の質問をしに研究室に伺った時に誘っていただけました。そのラボは大学の建物の中だけではなく、大学の構内にプレハブみたいな研究室を持っていました。研究室の周りにある畑で研究対象のアゲハ蝶の餌を作っていて、その場所でBBQをやるからと。先生方や研究員の方と交流できて、参加してとても楽しかったのを覚えています。

―そういう過ごし方もあったのですね。
―自分から積極的にサークルは入ったりしないといけなかったかなと今は思うこともありますが、教授に質問しに行ったことで、世界が広がったと思います。

―では、戸張さんが外部の大学院にいくときは、教授の先生方はどうでしたか。
―驚かれました。早いうちから大学院に進学すると公言していたので、先生方もそう思って面倒を見てくださていたと思います。それが、最終的に希望した先が他大学の文学研究科ということで、もしかしたら複雑な思いをさせていしまったかもしれません。でも、受験を応援していただけました。大学時代の岡ノ谷先生の研究室も、某教授のところに相談・質問しに行ったときに紹介していただいた研究室の一つでした。私の進路は先生方との交流の中で決まっていったのだなと思います。

―理系に進むきっかけ、決め手を教えてください。
―研究っておもしろいなと感じるきっかけになった方が二人います。
一人目は、高校の頃、理系科目を教わっていた家庭教師の先生です。工学部で、宇宙工学を専攻している大学生でした。勉強とともに先生の研究生活についても教えていただきました。実験室で津波を自分で起こしている話や海上空港の模型を作って、起こした津波にどのくらい耐えられるかを研究しているという話はとても魅力的でした。 二人目は、高校の時の素敵なかっこいい女性の数学の先生です。ある日授業が始まると、フェルマーの最終定理の公式が解けたと言って、黒板に数式を書かれました。御茶ノ水女子大学のシンポジウムで発表を聞いてきたから、私達にも驚きと感動を伝えようとしてくださったのだろうと思います。私は、すでに完成された学問だと思い込んでいたこともあい、私達に数学を教えてくださっている学校の先生が、先生になっても数学という学問を追及していることに衝撃を受けました。
(インタビュー後半)

―研究内容をうかがってもいいですか。
―社会環境の変化によって脳や行動がどのように変化するかを研究しています。社会環境の変化というのは、動物が一匹でいる状態からつがいになる、群れで生活していたのにはぐれてしまって一匹になるといった個体を取り巻く環境の変化です。社会環境の変化は、視覚や聴覚などの感覚系で受容された後、神経系や内分泌系に変化をもたらして個体の生理状態や行動を調節します。人間も社会的な情報によって行動や生理状態は瞬時に変化します。異性の前では同性の前にいるときと態度が変わる、素敵な異性を目にするとホルモンの分泌が変化すると一般的に言われていますが、それらがどのような機構によって発現されるのかは不明のままです。

―確かに、好きな人の前では行動が変わりますね。
―そうですね。行動は脳によって制御されています。また、生殖腺から分泌される性ステロイドホルモンが脳に作用して行動を変化させます。生殖腺から性ステロイドの分泌も脳により制御されていて、脳の深部にある視床下部から、生殖刺激ホルモン(gonadotrapin-releasing hormone ; GnRH)が分泌され、下垂体に作用して生殖刺激ホルモンが放出されます。そして、生殖刺激ホルモンが生殖腺に作用し、性ステロイドホルモンが分泌されます。一方で2000年に、筒井教授が、生殖刺激ホルモン放出抑制ホルモン(gonadotropin-inhibitory hormone ; GnIH)を発見し、多くの動物で視床下部から分泌されるGnIHが下垂体に働き、生殖刺激ホルモンの放出を抑制して働くということが明らかになりました。


以上のような背景があって、私に与えられた研究上のミッションは、
1)社会環境の変化がGNIHの発現を変化させるか。変化するのであれば、
2)社会環境の変化をGnIHに伝える物質は何か。(GnIHを上流で抑制する物質は何か)
3)その社会環境でGnIHがどうして変わるのか。(生物学的意義)を明らかにするということです。

―具体的には、どのような研究を行っているのですか。
―このプロジェクトには、日本ウズラを用いて研究をしています。日本ウズラの最大の特徴は、雄が雌を視覚的に認知すると、数秒後には交尾するという瞬時の行動変化を示します。また、雄が雌を見ると精巣からテストステロンというステロイドホルモンの分泌が急速に変化するという報告がありました。そのため、テストステロンの分泌が急速に変化するのならば、雄が雌を見るときにGnIHの発現も変化する可能性があるだろうと、研究を開始しました。と言えればかっこいいのですが、GnIHが変化する社会環境を見つけるのに1年弱かかってしまいました。別種の鳥でも試しましたし、魚類のメダカでも試しました。雄、雌問わず色々ウズラを取り巻く社会環境を変えてみて、最終的にGnIHの発現が変化のが、雄ウズラが雌をみている状態だったのです。

―GnIHが変化する社会環境を見つけるのに1年近くかかるのは大変ですね。
 次はどのような実験をしたのですか。
―次に、どのようなメカニズムでGnIHが変化したのか、雌がいるという情報をGnIHへ伝える役目をしている物質を調べました。雌を認知してからとても短い時間でGnIHが変化するので、素早い反応を引き起こすことが考えられるモノアミン類にターゲットを絞りました。モノアミン類には、セロトニン、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)、アドレナリン(エピネフリン)、ドーパミンなどが含まれます。最初は、雌を見れば雄は幸せを感じると思って、報酬系のモノアミンが動くと思っていたのですが、予想に反して、ストレスに関係すると言われているモノアミン類が関与することが実験結果で示されました。その次に、そのモノアミンを人為的に操作することによって、GnIHの変化を解析しました。ターゲットとなるモノアミン細胞だけ破壊する薬物を投与して、脳内のモノアミン含量を減らしたり、逆にモノアミンを脳内に投与して増やしたり。これらの手法により、雌の存在という社会情報がモノアミンを介してGnIHを変化させることを示すことができました。最後に、雄ウズラが雌を認知したときにGnIHが変化する理由について、テストステロンの分泌と行動変化の観点から考察するために、雄ウズラが、ひとりぼっちでいる時と雌といる時とで血中テストステロン濃度を比較したり、求愛発声行動を比較したり、雌に対して雄がどのように地被いていくのかを解析しています。

―1日のスケジュールを教えてください。
―9時半に研究室に出勤し、21時に退社できるようにスケジューリングしています。実験が途中で破綻する可能性が大いにあるので、心が折れないように、3つぐらい研究テーマを設定して並行して実験を進めています。朝一番に実験を仕込んで、実験の待ち時間に論文を書いたり、データを解析したり、実験結果を同僚と議論したり。実験動物の世話も重要です。データがまともったら論文を執筆します。週単位の決まりごとは、月曜日は9時半から研究室の全員で集まって論文の紹介と研究進歩報告を行うセミナーがあり、その後、実験室や居室を研究室メンバー全員で掃除します。学会シーズンになると、発表の準備や練習をして、国内外に学会に出かけます。今年はスペインのバルセロナ、岡山県、熊本県に出かけました。また、共同研究している大学や研究室に伺ってデータに関して議論することもあります。

―人生に大きく影響したことはありましたか。
―私が大学院博士課程在籍中の時に、指導教官である岡ノ谷先生が 理化学研究所脳科学総合研究センターのチームリーダーとして映られることになりました。そのときに、幸運なことに私たち、学生もメンバーとして連れて行ってくださったことです。研究所は仕事として研究する場で、自分のオリジナリティを意識して常に周りにアピールして研究しなければならない雰囲気で、大学でのアットホームでき教育的な環境とは異なる空気を感じました。その時に意識を変えて内向的から社交的に変えようと。学会に積極的に参加して学会でいろんな人と話すようにもなりました。

―尊敬している人はいますか。
―尊敬というか、救われ、前向きになれた言葉をくださった方が二人います。
一人目は、宇宙飛行士の山崎直子さんで、ロレアルユネスコ女性奨励賞のレセプションパーティーの時にお話しする機会をいただきました。その時山崎さんの言葉で「近い夢が叶わないからといって一喜一憂していると、海の近いところの波を見て船酔いのようになってしまうから、遠くの海(目標)を見て過ごしたらよい」と。 二人目は、日本ロレアル株式会社コーポレート・コミュニケーション本部マネージャの船津利佐さんで、「立ち止まらないで走りながら、決断したほうが良い時もある。⑦フランス人は走りながら考えるという言葉があるように。」と答えてくださいました。

―では、女子高生へのメッセージを一言お願いします。
―信頼できる人生の先輩を見つけて、悩んでいることやわからないことを思い切って聞いてみること、相談することが大事だと思います。私の場合は、大学の先生に自分のやりたいことのイメージを伝えることで、進むべき方向を示してもらえました。相談することで、自分の答えが明確にもなりますし、夢の実現に近づくことができると思います。

戸張さん、ありがとうございました。